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hostel

映画『ホステル』を深更に。


ブラスチラバのプラハ女(金髪)の、頭頂から外顎への長さと髪型と眼と長躯のバランスがよかった。
という感想だけで留めておきたい、向精神毒にも向精神薬にもならない映画。


肉体の反応が過敏な状態で観たのだが、少し指先が痺れただけで、足許を掬われるような(あるいはアキレス腱のみならず足首を切断されるような)、過剰な痛みと表裏の快楽と、移動の自由を奪われる絶望と表裏の快楽を、覚えることは、全くなかった。


 タランティーノはパルプカルチャーの体現者であって、それ以上では決してない。
と思ってはいたものの、一瞬でも新しい痛みを露現させてくれることを期待して観ただけに、肩透かしだった。


肉を刻む慾、というのはある程度普遍性を持っている。
肉体を損壊したい/させたいという慾は、三次元に生きる我々を、絶対的な地平へ導いてくれる、という気にさせる。
我々は自ら死にたくも誰か殺したくもないが、立って歩き喰いセックスし眠り夢見、また立ち上がることに、居心地が悪い生き物なのだ。


 他者の肉体の損壊だけを望み、またその対象者のステータスにバリューがある、という秘密クラブは、東欧かどうか知らないが、どこかにきっと存在しているのだろう。
だがいかに被害者の人生が多層であろうと、加害する側が一面である以上、「ドラマ」として成り立たない。


 日本の「ギニーピッグ」の方が、何倍も見る者の立場を危うくさせる。
フランスの「イン・マイ・スキン」の方が、サディズムでもマゾヒズムでもなく、何の背景も必要としない(サド・マゾを右利きか左利きか程度の基準で隔てて安心しようとしている日本の現況は危惧すべきものだと思うが、それについてはまた改めて)、肉体を壊すことの真実に迫っている。


エンタテイメントにも、なり得ていない。切り落とした指が重力を帯びる、とは思わないが、肉として扱ったら肉は肉のままなのだ。


 最近つとに、己が横暴なマゾヒストであることを自覚するようになった。

  1. 2007/06/10(日) 15:40:51|
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