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風邪⇒喘息⇒プチ肺炎⇒快癒⇒インフルエンザ、という有限ループ。


無気力、というものはきっと何かの所為である、というくらいの分別が図らずも出来てしまっている30絡みの男であるので、無気力は無気力のまま満喫する。


中島らもに、今更ながら心酔。
20代前半に出会っていれば(実のところ毛嫌いしていたのである。アル中がアル中の文章を読むのは、みじめな自己弁護のように思えて。そのくせブコウスキーにだけは救いを求めていた)、もう少しいろんなところが柔らかくなっただろうに、と思いつつ。
真摯、とは、こういうことをいうのだろう。
この人は、最後まで「本物」で、7割ぐらい同じ意味で、「プロフェッショナル」だった。


778ちゃんから貰った、攻殻機動隊SACの総集編と新作長編(『笑い男』『個別の11人』『Solid State Society』)を続けて観た。


総集編であるがゆえ、「キャラクター造形」に不足を感じることはあった。特に『個別の11人』のクゼに関しては、いくら長い尺を割いても充分には伝わらない。それはおそらくこのキャラクターこそ神山監督が描きたかった、士郎・押井双方への回答であろうからだ。


だがドラマ性において、傑出している。
理解するには広範な知識の前提やそれを補遺する想像力を要する、という意味においては、押井版よりも原作に忠実だといえるかもしれない。
草薙素子が、よりソリッドに描かれている。
『人形使い』と融合しなかったとしたら、というパラレルワールドの物語、というのはおそらく士郎・押井・神山の比較に必要な詭弁であって、料理人が誰であれ『素子』というデバイスは、普遍である。
その認識が、スピード感を加速させている。
更に、押井版でもそうだったが、『唯一の生身』であるトグサを掘り下げることにより、ドラマを我々と繋駕することも忘れていない。
そもそもトグサは生身であるがゆえに素子が9課に招聘したのだった。
人形使いが進化の果てに必然的に横たわる破滅を避けるために素子と融合した、ということとも同義である。


士郎正宗は、オリジナルの創作者であり、創造主である。
これは押井や神山のような、特異な才能であろうと、覆すことができない。
それを与件として、作家は創り始める。
あらゆるクリエイションの、根源的な姿勢だ。


 


押井は問う。
ゴーストとは何か、と。
情報の宇宙から、生命体が発生する。
それは人間が人間であることをやめないために定義したゴースト=霊=魂に、そぐわない要素を有している。
では何をもって人は人たりうるのか。
中性子やミーム(模倣子)の存在まで知ってしまった人類が、己が情報の集合というだけではないことを、いかに証明できるか。
ひも理論による統一原理(アインシュタインが成し得なかったもの)は、実験・反証することが、現状は不可能だ。
カオス理論・フラクタルでは、結局はその答えにならない。
だから問い続ける。
俺は生き物なのか、と。
文学や哲学から滲んできたドラマに、底はない。
素子は、フィジカルである。


 


神山は問う。
個はどうして個なのか、と。
ゴーストは存在する。それが数値化が可能であろうと、人間という生き物は存在する。AIがそれに限りなく近づくこともありうる(全作に共通して、タチコマが我々を泣かせる)。
では人間は、何を根拠に「個人である」ことを証明できるか。
脳がネットに直結することで、享受する情報が並列化し、人格とか個性とかいう言い逃れをしてきたものが、ミームに結晶化される。
それがスタンドアロンコンプレックスである。
笑い男=アオイがその現象を招いた。
天性の英雄=ハブ電脳=クゼが、300万人のゴーストをネットに放つことでその具現化=復讐を目指したが、敗れた。
草薙素子が遺したネット上の痕跡が、ソリッドステイトを構築した。
だがそこにおいて、情報化、というフィロソフィは、帰結点を得たのかもしれない。
この先もドラマは再帰を繰り返して、増幅していく。
素子は、アブストラクトである。



己を放逐しそうになっているときに、この上ない栄養剤だった。
いろんな植物も、助けてくれた。
私は鬱病になることを許されていない。

  1. 2007/02/05(月) 00:27:21|
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