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Drain You Drain Me

思い入れのあるAV女優の名前をあいうえお順に羅列している作業が、一向に捗らない。
「あ」だけで20人いる時点で少し慌てたのだが、どうやら1日2時間から3時間程度の作業では半年経っても大した嵩にならない見込みで、悄然とする一方、シミュレートする己が微笑ましい。
ミサイルが飛んでこようと、数多の女の情報を集める作業をこそ、私はしなければならない。


タイトルを先に考えることにした。
「蝕まれた曖昧さ」という字面が浮かんで、英訳や西訳をしてもイメージが重ならず、一升壜の芋焼酎をゆるゆると呑みすすめていると、水母を飼ったらラーゲと名前を付けようと思っていたことを思い出した。
くらげのラーゲ。
中上健次の「蝸牛」という短編を連想するが、違う点は「水」である。
溺れて、縋りながら逃がすのだ。


「くらげのラーゲ」はとても気に入っていたのだが、イメージの水母は次第にヒドラに近づいていった。
ヒドラ・ラーゲ。ヒド・ラーゲ。
――「Hyd-Lage」という造語で、やっとマージされた。


井口昇『片腕マシンガール』を観る。
「これ、B級っぽくて面白いでしょ?」または、「これ、僕の趣味だからどうしようもないんだよね、わかんなきゃわかんないでしょうがないけど」というのだけが伝わる、不快な時間。
私がいわゆる「サブカル」が嫌いなのは、こうした恥知らずを容認し持て囃す土壌が、「内輪受け」の外へ広がっていく不気味さへの苛立ちに因る。
優れたドラマからしか、ユーモアは生まれない。
それを体感的に理解できない人間には、カルチャーへカウンターを行う筋力はない。
主演の女の子は素敵だったが、誰かがこれが救いようのない駄作であることを教えてあげなくてはならない。
穂花のドリルブラは、発想ではなく挙措が良かった。が、穂花のポテンシャルの100分の1も、この監督は出せていない。
この監督の一生が、穂花の一回のセックスが魅せるものに敵わない、という事実から、この監督が逃げているからだ。


不二稿京『ORGAN』を観る。
圧倒的に正しい。
惜しい部分はあるし、「追悼のざわめき」のクオリティには大きく及ばないが、切断された断片の、渾身の提示があった。
本来「サブカル」と呼ばれるべきものは、これである。


もう1週間以上前のことだが、日本テレビ「妄想姉妹」の最終回が良すぎて、芋焼酎の酔いが醒めてしまった。
3姉妹(吉瀬美智子 ・紺野まひる・高橋真唯 というキャスティングが完璧。特に高橋真唯 はおそろしい逸材)が、謎の死を遂げた有名作家の父の書棚から10冊のうちの10編を順番に読む。
10の文学作品に登場する女を、3姉妹が演じ分けていき、3人の女が10の顔を持っていく。
3姉妹の母が、別の3人の女であるという伏線で、女達の貌が幾何学化し、曖昧になる。
そして母が1人の女だった、という結末。
文学にかぶれたことのある男ならたまらない構造、というのではなく、「文学的」でなくてはいられない、という、汎男性的感覚がここに結晶されている。
つまり、女は、一人なのである。


アダルトビデオの私的データベースを構築する作業は、まさに「一人の女を追う」作業に他ならない。


溺れて、縋りながら逃がし、また縋る。
私は爪だけ磨いている。
  1. 2009/04/05(日) 22:28:45|
  2. diario
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

妄想姉妹

「妄想姉妹」の世界観、よかった。
妄想の在り方が、男が考える、理想的な女性の妄想だったところが。
  1. 2009/04/06(月) 00:32:23 |
  2. URL |
  3. すんぱお #-
  4. [ 編集]

いらっしゃい。

「男」がどこにも登場しなかったよね。
それだけで「やってくれた感」がある。

残業できなくて暇になってたりする?
渋谷あたりで呑もうぜ。
  1. 2009/04/07(火) 20:24:44 |
  2. URL |
  3. 慈姑 #-
  4. [ 編集]

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