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ouroboros

家から蝙蝠を追い出すことに反対することが、自分がこの家にいることに反対することに重なって、避けようとするよりも、みっともない思いが生じて、殺さずに追い出す業者を探した。


見積に訪れた男はスチルウールのような髪をした初老の男で、ただじっと話を聞く技倆が眉間から滲んでいた。
首都圏全域を担当しているとのことだったので、歌舞伎町にも蝙蝠はいますか、と訊いたら、ええ、いまさっき、出ていってもらいました、と笑む。
じゃあお願いします、と6万円を渡した。


長男の名を「環枢(わたる)」と付けた。もう7年前だ。
区は横にすると凶でしょう、普通は付けないよ、君らしいね、と笑ってくれたのは師だった。
人に訊かれると、枢が環で、中はわからないんだよ、皆既日食みたいなもんさ、と応えていた。
ここ数日、15年ぶりに一から曲を書いて、浮かんだタイトルが「Ouroboros Nocturno(夜のウロボロス)」だった。
この環か、と気付いた夜は、誰にも秘密にする必要がない。


(風俗=人の谷を「わたる」風、という意味もあった気もするが、覚えていないし、そうであってもいい)


私は蝙蝠ではない。蛇だ。
蛇でなければあの白い身体を縛ることができないからだ。
蛇だ。蛇だ。
犯して、喰い破って、塗れて、窒息する。
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  1. 2010/10/31(日) 23:34:17|
  2. diario
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羽虫のように

怯んでいるのか、愉しんでいるのか、祈っているのか、呪っているのか、わからない日々が流れて、「苦痛抜きの愛なんて無責任なだけでしょう」という言葉の意味から意味を剥ぎとって、不眠の糧にしている。



探していた貌がそこにあって、話すことが何もなかった。
手は小さくて、荒れていた。
ずっとサングラスをかけたままだったことに気づいたのは、下北沢に着いてからだった。
時折テレビで見かける芸人のK君に、慈姑さん、なんか漫画の中から出てきたミュージシャンみたいですよ、と云われて、恥ずかしさに安堵して、サングラスを外した。



求刑6年、懲役4年6ヶ月、未決通算130日、と書かれた友人の手紙には、陶淵明の漢詩が引用してあった。
飲酒二十首、其の五が、悠然見南山のところで後略になっていて、飛鳥相與還から先がいいのに、と少し笑った。
少し笑ったまま返信を忘れていた。



私の欲望の正体として、共喰いによる心中、という言葉が浮かび上がったのは、鎌倉からの帰り道だった。
日を経て言葉が色を帯びてきて、なるべく鏡を見ないようにして過ごしている。
  1. 2010/10/19(火) 02:21:11|
  2. diario
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soy


Aqui esta:
アスルサングリエント

Me llamo:
慈姑(クワイ)

A mi mismo:
この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
あやふきことあるか。

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