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King Snake Blues


煙草かメシか、一つ選べる小銭があったら、迷わず煙草ですよ、と云ったら、じゃあ煙草と女なら、と訊いてきた人がいたので、煙草なしの女なんてありえません、と応えた。


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10代の頃、これから先わけがわからなくなったらショーペンハウエルかニーチェを読み直せばニュートラルに戻れる、と思って安心したことがあった。
わけがわからなくなることを愉しめるようになるとは思っていなかった。


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花村萬月「王国記」シリーズの最新刊が出ているのを今更知って、斜めに読み返している。
前にも書いたかもしれないが、私は「朧」なので、最期を見届けなければならない。
花村萬月が好きな作家かと聞かれると疑問だが、間違いなくユニークだとは思っている。
職業作家として職業的にエンタテイメントを書こうとして、結果的にエンタテイメントからも純文学からも離れたものを仕上げることにさえ確信犯である作家は珍しい。
王国記シリーズは、多視点連作の方法によって、神をメタにしておきながら、人を通して人ならぬものを垣間見させてくれる。
明日の帰りにでも銀座で買おう、と思って、ここ半年間全く小説を読んでいなかったことに気付いた。


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手首まで埋めたことが一度だけある。
うあ、と狭まった気道から漏れる音を音として、波打つ白い腹と四肢を形として記憶しているが、媾合時に覚える(あるいは錯覚する)女性の快感のフィードバックを感じることは全くなく、何やら奇妙な感覚だけがあった。
どこまでが自分の身体なのかわからない。そのくせ、一体感がない。
やたらと中で指を蠢かせたのは、支配感やら屈辱感やらを喜ぶ女性の姿態から快楽を得ようとしたわけではなく、ただ、自分の指の行方を探していたからだ。


「フィストファックなう(笑)」という彼女のツイートを読んで、まいったな、俺は本当に片想いしている、と、落とした煙草を拾い上げた。
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  1. 2010/09/29(水) 02:39:47|
  2. diario
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いいよ おかしくなって

山手線の上野から新橋の間で、携帯から「凛として時雨の新譜がやばい」とTwitterに書き込んでいる女子大生を二人も見たのは本当の話だ。
流行ってるなあ、と思ったのは、凛として時雨が、ではなく、凛として時雨を知っていて、好き、と標榜することが、である。

「still a Sigure virgin?」は、相変わらずの過剰な音響と、音響に近い意味合いでの過剰な音韻が愉快で、無比の音源であることは確かだが、一曲一曲のドラマ性においては前作に遠く及ばない。
質的にではなく、情報量的にマニア向けである。
ボーカルパートも当然緻密に練られていて、これだけ音を組んでメロディーが死なないのはやはり驚愕せざるを得ないのだが、これまで異端のポップスであったものが、ポップスではないものになってしまった、と云えなくもない。
平野啓一郎のデビュー作って随分売れたけど、最後まで読んだ人はほとんどいないだろうね、と話していたのをふと思い出したりした。

嬉しかったのは、TKの歌詞の「生真面目さ」である。
踏韻を嘲りながら音響を計算した言葉遊びや、視覚的な単語を意図的に避けながら視覚に働きかけるテクニックにも、前作までと大きな変化はないのだが、対象が極端に絞られた印象がある。
このアルバムの全ての歌詞は、一人の人間に向けて書かれたものではないだろうか。
一人の人間は女だろうと男だろうと自分だろうと問題ではない。
澱のようなラブソングが、冷えている。


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ミックスに「by TK with~」とクレジットされている畝原さんに先日録ってもらったことを、さりげなく小自慢してモテようかな、とふと思ったが、時雨好きー、ヤバいよねー、な女子とは、リリー・フランキーがどこかで書いていた「クラウス・ノミが好きな女より、チャゲアスしか聞かない女とセックスしたほうが絶対いいよね」とはレベルが違うにせよ、話が噛み合わないんだろうな、とは思う。


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ここ1週間で管野しずかさんのビデオを13本観た。
特定の女性が中心にいる映像だけを短期間に続けて観ていると、次第に身内のような感覚になり、知った身体、になっていく。
しかし、細部まで記憶してしまうことが、新しい身体を知ったことになるのではなく、もっと古い記憶に類型化されて、自分がもともと持っている「女」という観念のなかに収斂されてしまい、つまりは飽きることになる。
だが、彼女に対しては、私の虚ろから湧き上がる飢えが、収まるどころか膨れ上がる一方だ。
前回「恋愛感情」と書いてしまった自分を可愛く思っていたが、それどころではないのかもしれない。


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公判を終えた友人からは、「安定剤を処方されているので不安定な文章になりますが」という書き出しで手紙が来た。
「女子アナムック本の質で言えば、『鹿砦社』というところから出されているものが出色」「検事が同級生にそっくりな女性で、学級委員に叱られる私の図、が頭の中でぐるぐる回っていました」などと書かれていて、確定した刑期については書かれていなかった。
  1. 2010/09/24(金) 03:00:02|
  2. diario
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One More Red Nightmare

押尾くんと同時期に同年の求刑を受けた友人から、同じ求刑同士、電報でも馳走してやらねばの、学はいま東拘にいんの? と手紙が来たので、知らねえよ、と返した。

友人の恋人に会うことを頼まれていて、携帯が返された彼の実家からの連絡を待っていたが、詳細は息子から手紙で届く予定です、と、開封確認付きのメールが届いた。

後日友人から届いた別の手紙には、「例の三井なんとかビルに勤めてるOLさんの件だが、1年も交際して、クリスマスには二人でフェリーに乗って東京から徳島まで行き、船上でパーチーもして、伊豆にも3回くらい、新宿から踊り子のように繰り出し、出し出しての上なのに、彼女が、仕事帰りに毎日、私の部屋に来て、出張ピンサ……、なのに、そんな毎日だったのに、名前が思い出せないの。恐ろしい、自分が」と書かれてあった。
友人は仙台で入籍した最初の妻の名前も忘れていることを私は知っているが、それには触れず、やっちゃおうと思ってたのに残念、と返信した。

89年、小学校6年のときに渡したカセットテープ、君のOSであるWindowsSEXPの機能でデジタル化してもらえないだろうか、本人は斯様に劣化しているが、声変わり前の私を、救ってやって欲しい、とも書いてある。
カセットテープのことはすっかり忘れていたが、探したら見つかった。
デッキを、買わなきゃ。


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自分がどこから来て、どこにいるのか、それがわかった人間が、バスに乗って去っていく。
「熱海の捜査官」はそれだけを伝えた短いテレビドラマだった。
栗山千明の鼻から上の美しさと、三吉彩花の全身に通った電気に似た美しさが、彼此岸のトリックの、最大の伏線だ。


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レコーディングは愉快な経験だったが、レコードされたものが私から乖離しないのは、即興に近い演奏だったからだ。
即興の要素を排斥すれば、出来上がったものを誰かに、完全に渡すことができる、というのが創作に対する私の憧憬であり、私を創作に近づけ、同時に遠ざけている。
数時間匂いを交わしただけの女は、記憶が薄らいだとしても、結局は私に帰属してしまう。
深く染み合った女は、私を彼女からも私からも遠ざける。
が、全てを持ち去ってくれた試しがない。
なるべく私から遠ざけるべく創って、愛して、数をこなしていくうちに、私がどこにいるのか、本当にわからなくなることができるだろうか。

などと考えている間に欲しくなるものはMDMAではない。サントリーレッドだ。


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女に惚れたらすぐに結婚し、別れ、また同じ女と結婚する、ということを繰り返している玉置浩二は、絶対的に正しい。


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ここ数日、管野しずかさんに、深い恋愛感情を抱いている。
もちろん彼女に面識はないが、再会なのだ。
  1. 2010/09/20(月) 02:55:26|
  2. diario
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Me llamo:
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A mi mismo:
この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
あやふきことあるか。

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