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木を抱きたい。
というのは、抱くことができる幹の太さを思い描いているからであり、木の汁を吸う虫になるくらいなら、女を抱きたい。

金が、男にしか意味がないものだったらいいのにな、と男は云った。
愛情は家族や友達に対してだけのもので、女を愛するとセックスしたくなくなるのがつらい、とも男は云った。

男は、死が近くにある気がする、と云った。
昨年、昨年の恋人に連れられて八王子で受けた脳ドックで異常がなかったことが、現在苛まれている頭痛を保障しているようで気味悪がっていた。
直線上にも平面上にもないな。惑星、やわ多分、死て。
と云うのを聞いて、死が自分のものではないことを理解している男を、愛おしく思った。

男性と、生殖機能がある女性と、生殖機能がない女性が、丁度3割3分ずつ存在してる社会って、理想だと思わないか、と、その場で思いついたことを私は口にした。
しばらく考えて男は、理想かもしれんな、と云った。

新宿は私達に、優しかった。
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  1. 2009/07/29(水) 01:12:03|
  2. diario
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Asylum

3度のメシより国分佐智子が好きだ、とふと思い出して、テレビ東京の昼ドラを毎日録画しているが、殆ど見ていない。

連休はHyd-Lageの作業を進めながら(は行まで進んだ)、しばらく前に買ったパトリック・マグラア『閉鎖病棟』を、春日武彦『ロマンティックな狂気は存在するか』と併せて読んでいた。
池央耿の訳は、他の本でも感じたのと同様に最後まで違和があったが(もしもこの作家が日本語に精通していたらこの文章をどう書くだろう、という姿勢自体に違和を覚えるのだ)、優れた小説に没頭する快感に浸っていた。

私は意外にも、女の狂相が好きではない。
ずっと以前から、女の狂気は類型し易い気がしていて、興味を持ってしまったら退屈に突き当たると思っていたからだが、好きではないことと、引寄せられることとは別である。
結局男に必要なのは、持久走に足る体力だけであり、体力だけが優しさなのだろう、と思い、随分前に妻が買って放置してある「ステッパー」という健康器具で、健康を害するくらい運動をした。
久しぶりの運動で催した吐き気がいまも続いている。

ザリガニは土曜の夜に脱皮をし、殻が柔らかいまま死んでいった。
子供達は意外と冷淡に受け止めていた。
捕まえてきたときから大人しいザリガニだったが、一度だけ、私が朝外出するときに声をかけると、両鋏を振り上げ、じっとこちらを見た。
それが見送ってくれているように見えて、とても愛らしく思っていたのは、メスであると思い込んでいたからである。
庭に埋めるときに腹脚を確認したら、オスだった。
余計に哀れに思った。

ザリガニを殺したのは、私の無知と怠惰である(おそらく、水が少なすぎ、きれい過ぎたのだ)。
無知と怠惰は同義であるのか、怠惰に無知が包括されるのか、無知と怠惰は生活の要素であり、畢竟私には生活の知恵がないというだけなのか、考えながら酒を呑んでいる。
臓器が酒を拒んでいる。

国分佐智子の録画を見よう。
おねだりマスカットまでまだ時間がある。
  1. 2009/07/20(月) 23:07:56|
  2. diario
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蝦蛄と秘宝館

五目御飯でいうと、六目辺りに位置するおじさんは勿論、茶碗からこぼれました。
わかっているとは思うが念の為に言わせて貰うと、八宝菜では九つ目の秘宝(熱海産)である。



 

生まれて初めて就職活動をしていて、失敗している、ここで何度か触れてきた男からメールが来て、記述の冴えに陶然とする。
が、金がないのは、悲しいことだ。
ないなら稼げばいい、という論理は、暑いならプールに入ると気持いいよ、というのに似ている。
何故この俺がボンクラどもと水を通じて口や尻の穴を通じ合わせなきゃいけないんだ、と、思う。


酔って終電から飛び降りてしまい、足立区の住宅街、つくばエクスプレスの青井という駅で、ちゃんと途方に暮れた。火曜の午前1時だった。
足立区には知遇が多く、以前「お前の嫁とやりたいな」と云ったら「あんたにはモラルがないよ」と返してくれた元暴走族に電話をしてみたが、通じなかった。
足立区の端に住む、身内のようなギタリストのことを、妻に電話で思い出させてもらった。
タクシーで向かい、着いて少しはしゃいでから、うとうととしていると、ギタリストの同居人の、キックが冴えたドラマーが帰ってきた。
前日、歌舞伎町で酔って暴れて、気が付いたら財布がなくなっていて、銀行に連絡したらもうすっかり残高が抜かれていた、とのこと。
暗証番号、なんでばれちゃったのかね、と云ったら、「そりゃ、俺の誕生日やからな」と、誇らしげな彼の白い顔が美しかった。


長男が幼稚園の沼でアメリカザリガニを捕まえてきた。
とても大人しく、裏返して卵管を調べてはいないが、きっとメスだろうと思った。
名前を付けよう、ということになり、蝦蛄がいいじゃん、シャコ、あら、いいわねシャコ、猫にポチみたいで、でも蝦蛄って獰猛なんだぜ、東南アジアのやつは水槽割るらしいよ、などと父母で笑っていると、長男は憮然としていた。
深夜、長男が私の部屋に来て、名前はバルタンでいいですか、と云った。
バルタンでいいよ、と頭を撫でた。

  1. 2009/07/10(金) 01:29:34|
  2. diario
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Discommunication

呑んで帰った朝に、冷蔵庫で冷えていたスパゲティを食べて、義父の墓参りに行った道中で全て嘔吐したものの姿が、棘皮動物めいていた記憶がまだ鮮明に残っているが、スパゲティはなるべく冷えて、細くて堅いのが好きだ。
冷えて細くて堅いスパゲティを海苔の佃煮と鱈子に合えたものと、北海道から送られてきたホッケと、熱いうちにポン酢と葱を振りかけた水餃子を食べて、16時のビールを3本飲んだ。
眠っている間に、次男がギターを模した玩具(仮面ライダー響鬼の、松田賢二が演じた斬鬼モデル)を私の尻に突き刺そうとしていたと、裸の妻から午前1時に聞いた。


名古屋経由で金沢へ行き、飛行機で戻った。
名古屋の女と縁があることはこれからもなさそうだが、金沢の女とはいつか二人の石油ストーブにあたりたいと思った。
河豚の子糠漬けに、ずっと以前から憧れていたのだが、今回も買えなかった。
猛毒の卵巣を少しずつくずしてご飯を食べるなんて、本当に素敵じゃないか。


そうして今夜も9mm Parabellum Bulletを聴いている。
私は14年前に自分でやっていたバンドを超えるバンドは今もないと思い続けている、おめでたい男なのだが、初めてかもしれない、勝てる気がしない、そう思っている。


静かだ。
嘘だ。
  1. 2009/07/06(月) 02:37:41|
  2. diario
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スピードのDISCO FRIGHTに

あなたは二度と孤独になれない
いつか必ず分かる日が来るよ
あなたは二度と孤独にならない
いつか必ず分かる日が来るよ

9mm Parabellum Bullet --- 『Living Dying Message

 

 

 

 

昨日失くした未来を誰かにあげてもいいよ
君が「今」を見失ったら僕のフリをしてもいいから

イマミエルミライ
イマミエルミライ

凛として時雨 --- 『JPOP Xfile

 

 

 

 


4歳の次男には4年の過去で充分である。
32歳の私の過去も、20歳の誰かや100歳の誰かと全く同等に充分だ。


歌を支えるのは充分な過去だけであり、人生の年輪ではない。
過去は歴史と換言できるかもしれない。
あるいは、負債とも。
つまりは、年を食わなければ歌えない歌など、ないのだ。


9mm Parabellum Bulletと、凛として時雨
ここ数日、二つのバンドの曲だけを聴いている。
歌詞は圧倒的に凛として時雨 TKのセンスのほうが上だが、9mm Parabellum Bullet 菅原の歌詞も、青臭いとも技術的に劣っているとも云えない、奇妙なソツのなさがある。
どちらも、歌詞を詩にしようとする卑小さがなく、鼻につくあからさまさもなく、ただ単純に、「表現」に足ることをしている。
音の娯楽性も甚だしくて(ちゃんと常人離れしたギターとドラムがいる点はパラレルで、9mm Parabellum Bulletが優れたツインギターである点と、凛として時雨が特殊なツインボーカルである点が対蹠している。ライブの実力に差はあるのだが、それはここではどうでもいい)、ニヤついたまま、呆然としてしまう。
私は怠け者だから、9mm Parabellum Bulletのほうが好きだ。
凛として時雨には、醒めさせられてしまう。


おねだりマスカットのお姉さん達がいる竜宮城には、私も妻も次男も連れて行くつもりだった、と長男は云い、夢で、だよ、と付け加えた。
それを聞いて起き上がると軽い眩暈がして、深く息を吐いた。
雨の朝だった。

  1. 2009/07/02(木) 01:47:09|
  2. diario
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この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
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