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Cyanide Breath Mint

空中紳士、という音楽家から聞いた言葉を、よく思い出す。
「女の顔は必ずどこか醜い」と「女の身体はあったかくて震えてて小さくて犬みたいだ」という、二言が、折に触れて意識に浮かぶ。
それらは享楽がセンスに直結し、それを制御する能力に長けた彼を端的に示す言葉でもなんでもないのだが、彼にしか吐けない言葉であるような気がして、少し嬉しくなるのだ。

密室があって、女の匂いがあった。
だがその密室に私は居たから、密室の密さも匂いも、私のものではなくなっている。
過去の私が触れて加工したものにいま触れると、時が経過したことによる違和の他に、気味の悪さを覚える。
私は私以外を知らない。
違う、私は、私から発せられた以外の「言葉」を知らないのだ。
思い出しても、忘れても、私は私が漉した言葉以外を、受け止めていない。
それが当たり前のことだとは、どうしても思えず、それを絶対的に肯定する、帰依すべき私が居ないのが今夜だ。
麻は切れていて、酒は水の苦さがある。

小学生の頃に初めて書いた小説は、「骨」という題だった。
近所の印刷工場の名がプレプリントされたメモ帳に書いた。
関節毎に肉が溶けて骨になっていく奇病に冒された主人公と、ロボットのように献身的な少女との会話が小説の全てだった。
四肢が完全に骨になったときの息苦しさを表すために苦心した記憶がある。
完全に骨になった後、温度が残り、冷めていくのを少女が見ている場面で終わる。
その時の少女の心情は、大人になったらわかるだろうか、と思っていたが、全く、わからない。
少女は、ロボットではないのだ。

骨になるまで誰かの肉をしゃぶりたい。
そこに私は居なくて済む。
拒まれたときに、私が戻ってくるのだ。
ああまたか、と、悟ったような顔をして。

寺山修司に、「お前、芸人なのか。芸術家だろう」と云われたと、三上寛がどこかで書いていた。
芸術家たらんとすることが、10代の私の、大きなテーマだった。
とにかく芸人になって女の子にもててなるべく多くセックスがしたい、と13年後の私が思っている。
それは破綻を含んでいるからこそ、やらなければならないことなのだ。
私がきちんと破綻すれば、それなりの悪夢が残る。

それが多分、ロックンロールだ。
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  1. 2008/11/03(月) 02:50:12|
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  4. | コメント:4







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アスルサングリエント

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この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
あやふきことあるか。

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