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Sad Vacation

なるべく大きな眼がいい。大きな眼で、騙してほしいのだ。
なるべく湿った手がいい。湿った手で、演じてほしいのだ。
芝居に応えることができるかどうか不安になるときだけが、私にとって、不安なときである。


16日はOil78Proofの吉田が遊びに来た。
Dのメジャーコードでセッションをした。
途中で3度がFとF#を揺れ、7度がCとC#を揺れ、5度がAからA♭に滑ると、にやりと顔を見合わせた。
戯れ合う幸福感を味わう機会を放逐し続けてきたくせに、戯れ合うのが、本当は大好きなのが私だ。
私が本気で戯れたら、皆私に瞠目すると、今も思い込んでいる。
それだけが私の強みなのだ。


弦楽器に長けた女と裸で戯れあうのはどんな気分だろう、とふと思う。
高校のときに戯れあった娘はギタリストだったが、長けてはいなかった。
彼女を街で見かけた同級生が、「お前と同じことしてんのな、チャリンコ乗って信号待ちながら、ブツブツ言って左手の指動かしてんの」と云っていたことを思い出した。
いま彼女と寝れば、G7からCのドミナントモーションのようなものが生じるだろうか。
C#が通奏低音となっているだろうか。


17日は渋谷でThe Bullet Cabaretのツアーファイナルへ。
音圧が、変わった。
大野の音が美しくて、中川のステージングが感動的だった。
唄う白井を見ていると涙が出てくる、と云うと妻はいつも意外な顔をする。
白井の膝で泣いたのは何年前の夏だったろう。
タイミングが合えば明日にでも同じことをしてしまいそうなのが私だ。


18日は後楽園⇒調布⇒渋谷。
東京ドームシティへ午前中から。
スカイシアターの戦隊ショーは、スーツアクターのアクションが一流なので大好きなのだが、ゴーオンイエローを演じているのが顕かに小柄な男性だった残念さを引きずってしまい、少しく疲れてしまった。
妻子と別れて調布のラジオ局へ。
今から履歴書を書いて写真を撮って面接、と云われて物怖じせず、愉しんでいた彼女は本当に可愛らしかった。
渋谷でオオカミ少年のトークライブ。
これから一緒に音を出す男が片岡さんと親しいおかげで入れてもらった。
シビアな職業だな、というのが一番の感想だったが、実力(の定義が難しいが)次第で先が詰まることない未来に繋がっている稀有なジャンルがお笑いなのかもしれない、とも思った。
その後渋谷で呑み。
酔う前に吐き気がする体調が続いていたのだが、私がいかに吉野公佳のことが好きかを語っていた記憶を辿ると、気持よく酔っていたのだろう。
バンドを組める3人、というのが、嬉しかったのだ。


19日から今日まで、邦画を4本観ていた。
長男と風呂に入るときは浴室の電灯を消すことにしていたが、最近洗面所の電灯も消して入っている。
廊下の先の居間から漏れる灯りだけを頼りに、手探りで身体を洗い合う。
暗い風呂は気持いいかと長男に問うと、気持いいと云う。
稲光が明滅して、長男も私も眠くなる。
綺麗だな、と問うと、綺麗、と云う。
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  1. 2008/08/25(月) 02:37:32|
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Te Veel

諦めに行こう
人魚の信者の船で
人の世は赤い太古の噴火のエコー
Love you ホラ吹き
夢も見れたはずに
お土産は吹き矢 バスの駅から放つ


『サイボーグ』P-MODEL

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羽田へ向かうために日比谷線から都営浅草線に乗り換える人形町駅の通路に貼ってあった、GREEN PARK RESIDENCEという分譲マンションのポスターの前で立ち止まり、頭の奥が滲んでいく感覚に眼を閉じていた。
理想の貌なのだと、網膜の残像をピクセルに分解しながら、シートに背を凭せ、離陸の快感に息を合わせていると、あの女の貌へと、緩慢に再構成されていく。
似ているのだ。
架空なのだ。
空は一色の、吐き気がするほど不透明なブルーだった。


それ以降は、吉野公佳のことだけを考えていた。
美しい貌の女へ、時間が、私の外で流れている憂鬱に、指先と肋骨が痺れていた。
騒動の背後にあるのがどんな事情であれ、それは全く興味のない現実である。
美しい貌の女のために棒に振る人生以上に価値のあるものなどないと思っている私を、私は完全に正しいと思っている。
だから私は金が欲しくて、有名になりたい。


(斜向かいの人妻が美人だ、とここで何回も記しているが、彼女は吉野公佳にそっくりなのである。それに伴う絶望に裏打ちされた興奮もあるにはあるが、薄い笑いで流されるべきもののように思っている)


妻と子らは妻の妹夫妻と共に海水浴に出掛けた。
私は冬の海を見て死にたくなる私や他者を勝手に大事に思っているので、夏の海で躁ぐすべを知らない。
そもそも不衛生さへの苛立ちが先に立ってしまうので、それを払拭しようとすることで疲れ果ててしまう。
水着の女性は、性的ではない。
何らかの絶望的な要素があれば、ビーチで絶望するためだけに、私は海へ向かうだろう。
何もかも、中途半端だとしか思えないのである。


(海での長男は、子供の天真さで浮き足立っているらしいのだが、次男は足に砂が付く不快感を押し殺しながら、ただじっと海を見ているそうだ。海を見ているところを見るな、と妻に云ったが、おそらく通じていない)


エフェクターの調整をしながら、6000曲からランダムで流して、弦と手の馴染みを確かめ、確かめるのに飽きて苛めはじめている、午後。


啜れるものが手元に幾つもあって、全身が汗ばんでいる。

  1. 2008/08/15(金) 14:31:15|
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soy


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この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
あやふきことあるか。

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