スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

ミチロウ/コウメイ

もうすぐ 嵐だ
だから せめて
音泉ファック
ぬるいのは嫌いだ


――M.J.Q『音泉ファック』


 


ミチロウは私の与件だ。
私の初恋は80年代スターリンの色なので、恋と欲情と死を区別できぬまま私はそろそろ30になる。


クハラさんのドラムは、ミシェルガンエレファントでもバースデイでも、好きになれなかった。
超絶、していないからだ。
お里が知れる、という感覚を、抱いていた。
だがミチロウの後ろで鳴る、この音は何だ。
そうか、この人は、こういう人、だったのか。
そう思ったら、ミシェルガンエレファントの像が、一変した。


流れが、鳴っている。
ミチロウの唄は、これまで一度も潰えていない。
坂本龍一には死んでもわからない、音楽が、ここにある。


 


 


何もかもが朽ち果てれば
僕らの惑星は回るだろう


――OIL78PROOF『惑星の彼方へ』



俺なんかよりずっと、悲しさと、向き合ってきたんだな、ヨシダは。


この音源は、100万枚売れるべきだ。
100万枚売れても世界は変わらない。
それで、いいじゃねえか。

スポンサーサイト
  1. 2007/01/30(火) 23:59:09|
  2. musica
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

Sufrir/Execrar

木曜。
急激に体調が上向き、渋谷へ。
ドラゴンフィッシュのマスターと女性器を見た。
飲酒をした数時間後に動悸が激しくなる。
氷枕をして眠る。
都合のいい夢を見た。


金曜。
銀座で勤務。
まだ呼吸が不全だが、淫欲が出てきた。
アナルセックスを買いに行こうか、とふと思う。
大久保へ行けば、優しく呑み込んでくれる女がいる。
家に帰ると、思いがけない15,000円が届いていた。
妻に渡した。
とても喜んでくれて、いい気分で眠った。
誤解をする夢を見た。


土曜。
つくばみらい市にある公園へ。
公衆便所が放火されていた。
長男と次男を交互に抱いて、ひどく長い滑り台を降りた。
おそろしい空腹を覚えて、セミ・コンビニで握り飯を買った。
汚れたスニーカーを履いた二人の少女が店を営んでいた。
一人は長男を好きになってくれたようだった。
舌打ちをしながら品出しをしていたもう一人の方は、美しいがゆえに嫌なことばかり考えていそうだった。
散髪をした。
ピザを喰って、猫背になった。
逃げている夢を見た。


日曜。
近所のショッピングモールにリトル清原が来るというので、家族連れ立って見物しに行く。
リトル清原は、アニュイな感じだった。
三流だ、と思った。
電車に乗って下北沢へ。
モダーンで清潔なライブハウスで、俺は苛立ちを抑えることにほとんど全ての力を使っているのだな、と、思うだけで、考えることをまた放棄した。
ジャズネコに初めて何も感じなかった。
バレットキャバレーはどこまでも切実だった。
オイル78プルーフは気が遠くなるほど美しかった。
幸せな気分だったが、帰り際、些細なことで苛立ちが噴出しそうになった。
堪えることに全ての力を使いながら帰った。



私はおよそ禁治産者だ。
子供の頃から、私は呪う者だった。
呪わずに女体を恣にすることだけが私の望みで、それは叶うと同じ意味で叶わなかった。

自失のふりが、いつまで続くか。
試そう。
  1. 2007/01/28(日) 23:52:33|
  2. diario
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

血の音

咳が止まらず、そのくせ喘息の発作はさほどでもなく、微熱が続いて寒暖の感覚が鈍っている、という状態が続いているので、これは軽い肺炎なのかもしれないが、そうだとしても気に留めるほどのことだとは思っていない。


ただ、体調を崩してから、聴覚が妙に敏感になっている。

感覚が鋭敏になる成分のものを摂取したときの状態に似ているが、少し違う。
そういうものを摂取すると、音の多層性が顕かになり、音楽という芸術(というのしか言葉が浮かばないが)の多面性が、宝石を眺めているように、聞こえてくる。
眺めているように聞こえる、というのは聞こえがおかしいが、まさにそうなのだ。視覚でも聴覚でもなく、「聞こえる」のである。

今の状態は、聴覚として独立している。
可聴域が、拡がっているのだ。

ほんとうに耳のいい人が聞けば、再生回数が3回以下のアナログレコードは、CDよりも格段に「音がいい」という。
3回ほど再生してしまうと、デジタル化されたものと同等になり、その後は劣る一方、なのだそうだ。

たかだかなんとか生活できる程度の体調不良が天才的な聴覚を生み出す、ということはあり得べからざることであり、せいぜい普段に毛が生えた程度なのだが、192kbpsのMP3とCDの音質の違いをうまく言い表すことができない、凡人の耳しか持っていない私ゆえ、現在、音楽を聴くのが非常に愉しい。
SOULAVYを聴くと、クロダケイイチロウのスネアのサスティンに鳥肌が立つ。


耳の後ろに、がさっ、ざさっ、と、血が流れる音が、時折聞こえる。
それも聴覚の鋭敏化のせいだと思っていたが、どうも違ったらしい。
原因は、持病の期外収縮(心臓がたまにカウントし損ねること)である。
その度合いが増え、没カウント後のリスタートに、アクセントがついているのだ。


体調がおもむろに回復すれば(肺炎でしかも悪化しなければ)、この音も已むのだと思うと、少し寂しい。
自分と対峙する、修練を積んだ術者が、眼前からふっと姿を消す、その時の音のように聞こえて、オスの血が騒ぐのだ(本当に血が騒いでるのだけれど)。


煙草の本数は自然と減った。吐き気がひどいからだ。
だが今日、吸わないにしても持っていようと思い、勤務しているビルの13Fの自販機へ買いに行くと、それまでは置いてあったハイライトメンソールがない。
数年ぶりに、セブンスターを買った。
ある女性が吸っていた煙草である。


一口吸ったら、やはり血が騒いで、やはりひどい吐き気がした。


が、吐かなかった。

  1. 2007/01/24(水) 23:49:20|
  2. musica
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

layer

医者に処方された薬を服んでもほとんど快復しないことで、少しく焦りはじめている。
愈々喫煙をやめてしまわなければいけないのだろうか、と考えながら喫煙している。


夢の話、映画の話、病気の話ほど聞かされてつまらないものはない、ということは会話に意識的な人であれば当然思うことであろうが、私は子供じみた確信犯であるので、夢や映画や病気の話に、小説や自慰や音楽や性交の話を加えて、この場所を埋めていく。


 


フランソワ・オゾン『スイミング・プール』とティム・バートン『ビッグ・フィッシュ』を続けて観た。


近所のビデオ屋で恣意的に選んだのだったが、現実と非現実との扱い方のうえで、非常に対照的な二本だった。
ティム・バートンが「現実」あるいは「物語」をバックグラウンドに多彩なレイヤ(各層のつくりには隙がない。悪意が足りないので退屈だが)を重ねる職人であるのに対して、オゾンは何もバックグラウンドとしないでレイヤをシャッフルしていく。


『ビッグ・フィッシュ』では、父親の話の何が真実であったか、それはもちろん息子の視座から見た真実で構わないのだが、あるいは真実であろうがなかろうがそれが息子にどう影響したか(父の最期のシーンを息子が物語るシーンに結晶する)、ということが物語の軸として存在していることが前提になっている。
映画の、ひいてはハリウッド映画のシナリオとしての、手本のような出来だった。


『スイミング・プール』では、どこからどこまでが女作家の書いた小説の内部なのか、という、本来軸となるべきところが、意図的に明示されていない。
(ラストシーンでそれは明かされる、というか覆されるのだが、それにしても観た者がどう判断するかに任されている)
全てがレイヤにもバックグラウンドにもなりうるのだ。


私はオゾンのやり方に安らぎを、ティム・バートンのやり方に疲労を覚える。
物語の更に奥に、メタ・物語とでもいうべきメタ・レイヤがあるべきだと、私は思っている。



それにしても、リュディヴィーヌ・サニエの肢体の美しいこと。
見事な乳房には感動さえ覚えた。
シャーロット・ランプリングは、『地獄に堕ちた勇者ども』『未来惑星ザルドス』『愛の嵐』で受けた印象が今もそのまんま。妖怪の一種だ。
正直、陰毛は拝みたくなかった。

  1. 2007/01/22(月) 13:19:09|
  2. cine
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

サンフランシスコ/紅

金曜は特命の日。


例えば、いつか必ず高橋克典が60歳か70歳になって、このシリーズに終わりの日が来てしまう、ということを、己の未来より重く哀しく感じるほどに、私は特命原理主義勢力過激派である。


鈴木早智子、小林ひとみ、坂上香織、川上麻衣子、大西結花、遊井亮子と続いた第2シリーズの後半は眩暈がした。
遊井亮子には目がないんだ僕。しかも白竜と共演だったし。


今回のシリーズで、武田真理子がいなくなったのは非常に寂しい。
飯沢もも⇒小澤マリアのシフトは失敗だったと思う。
次回の荒井美恵子にも特に興味はない。
だが特命だけは必ず観る。


この強い嗜好も、陰のある女にすぐのめりこむ、という、私の問題の顕れである。
当然ながらエビ何某という少女には全く惹かれない。


 


 




 


高校か大学の哲学サークルなどにいまの私が在籍したら、さぞ私は生き生きとするだろう。
デカンショで半年暮らしたら、どんなに幸せだろうと思う。
それが、いけないのだ。


日記の再開は、己の青臭さを再構成する作業だ。
血腥い蒼。
私の青臭さは年季が入っている。


筋肉少女帯の『サンフランシスコ』(最近のリキッドルーム音源。おそらく)を聴いたおかげで、懐かしく恥ずかしい音がききたくなった。
(筋肉少女帯が恥ずかしいわけでは決してない。大槻ケンヂの歌詞にはしっかり影響されているし(オールナイトニッポンを録音していたクチです)、バンドアンサンブルの極点に達している稀有なバンドだと思っている)


X(JAPANが付かない頃)の『紅』と『Blue Blood』を聴く。


やー、すげー。
太鼓の軽さ、ツインギターなのにおそろしい音の薄さ、ヴォーカルの気持悪さ、アレンジのくどさと無意味さ、歌詞の甘くささ。
しかし、何やら、落ち着く。
タイジと故ヒデが、すごくいいのだ。


誰か『VANISHING VISION 』を持ってる人がいたら貸してください。
筋肉少女帯は『仏陀L』と『SISTER STRAWBERRY』が欲しい。

  1. 2007/01/20(土) 02:51:31|
  2. musica
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

数日鼻腔が詰まっていると、当然のことながら頭が茫としてくる。
性欲、というより射精欲というものは、鼻から抜けて昇華するらしい。
繰り返しても、膜の中にいるような気分だ。


娼婦への異常な欲情の根幹には、女性蔑視の所与があることに疑う余地はない。
そうであるからといって、ではどうすればそこから逃れられるのか、逃れずにどうしてもう少し健やかでいられよう、と、そんなことばかり、今日も考えて過ごす。


久しぶりにブラウン管越しに小島聖の貌を見た。
おそろしい欲が間歇した。
米倉云々レヴェルの女に殺されてしまって、がっかりした。


喘息の発作で軽い酸欠状態も続いている。
射精のあとの感覚が癒えずに残っている感じだ。


そういえば私は射精をしない男であった。
初めてのときから避妊を知らなかったが、どうしても射精できなかった。
初めて射精したのはそれから3年か4年を経てからである。
避妊を知ったのはそれから12年ほど経てからである。


射精をしないことが、私のニュートラルなのではないか、と、鼻づまりの頭に鈍く閃く。
もっぱら射精をするようになってから、私の精神は腐敗した、あるいは腐敗を認めざるを得なくなったのではないか、と。


小島聖を相手に、射精を堪えるさまを思い描く。


これだ。


 

  1. 2007/01/19(金) 23:08:17|
  2. sexo
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

惜春

目覚めると気道にざらつき。
蝸牛のように眠る。


昼前に病院へ。
待ち時間に花村萬月『惜春』を読む。


春をひさぐ女たちの話ばかりを求める己の気質を、等閑にもできず、突き詰めて考えようともしないまま、ここ数年が過ぎている。
身体を売る女にばかり焦がれる。
焦がれ、畏れている。
何故か。
それがわからないことが、そのまま己の生命の薄さを意味しているように、どうしても思えてしまう。
自棄気味で、女医に診察される。
吸入を施され、レントゲンを撮られ、禁煙を命じられた。
女医は何かに怯えているように見えた。
私も何かに怯えているように見えただろうか。


午後も寝て過ごす。
食欲だけは、妙なほどある。


食欲は老いの兆候である、と、これも理由なく、思っている。


自然な性欲や食欲と無縁であるから、私には『愉しむ』ということが、よくわからないのだ。


それでも、いつか雄琴へ行こう。

  1. 2007/01/17(水) 23:08:33|
  2. libro
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

銀座⇒参宮橋⇒渋谷⇒自由が丘⇒守谷

粘膜が炎症を起因させ、鼻の気道を塞ぐ。
微熱を帯びる。

一部上場IT企業T社の集会に参加する。
新入社員のコンテストを審査する。
顔がきれいだという基準だけで投票できなかった己を不思議に思う。

文豪の子孫であるかつての上司と渋谷のスペイン料理屋へ。
ヘレス酒に酔っていたら終電を逃す。

自由が丘の上司の家へ。
そこから高級セダンで首都高から常磐道へ。
上司の奥様とクラシックの話を少し。
男女差別に対する日本人の呆れるナーバスさについて少し。

家に着いて、缶焼酎。
少し嘔吐。
  1. 2007/01/16(火) 23:59:56|
  2. diario
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Segura Viudas/能

姉が来た。
ビーフシチューとセグラヴューダスのレゼルバ・エレダ
杏色のシーツと井嶋ナギさんの本を贈る。

2弦ベースに、E弦とG弦を張った。
どこを引いてもマイナー、SUS4、7th。

ヴァシオインテグロというバンドを夢想する。
アスルサングリエントというパーティを、経験した未来のように感じる。

井上陽水はシャーマンだ。
蟹を喰いすぎればあの貌になるのか。

姉が帰ってから、全裸で能を舞う。
私がシテ、妻がワキ。
私の肉のない尻が摺り足で滑るのを、妻の眼で見ていた。

風邪をひいたらしく、少し嘔吐した。
  1. 2007/01/15(月) 23:58:16|
  2. diario
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

bienvenido a azul sangriento

町屋斎場、初めて出席した学会葬で、宿酔いのざらつきは迎え酒に流れた。
空は澄んだまま凝っていた。
妻の前髪が美しかった。
自我偈のユニゾンを聴きながら、うたた寝をしていた。
在家の中年男女が唱える題目は、クラブミュージックと同じくらいに長閑だった。
まどろんだせいで、陰茎が堅くなっていた。


ショーペンハウアーと原始仏教がそのままブコウスキーと太宰治になる。
私の中にある「知」に類するものは、それ以外を基底にしない。


ただ、気味の悪い澱が、はらわたに膠着している。
血を孕んだ夜の底の色を、己の裡の「穢れ」に見て、受容も拒絶もできぬまま、深く浅く眠っている。


それが今の私の全てだ。

アスル・サングリエント。
もう一度始める。
  1. 2007/01/14(日) 23:38:53|
  2. diario
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2







soy


Aqui esta:
アスルサングリエント

Me llamo:
慈姑(クワイ)

A mi mismo:
この夜、凶なきか。
日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。
深更に魘さるるか。
あやふきことあるか。

twitter

hydlage reload

cronica

archivo

comentario

tb

buscar

calendario

01 | 2007/01 | 02
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

conexion

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。