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夏の匂い

確かにあなたは あの時此処に居て
大切な事を 打ち明けてくれた
背中を抱いて 守っているような気がした
背中を抱かれて 守られているような気がした
――ふきた「夏の匂い」



吹田さんのことを書くとおそらくキリがない。
唄を聴いて、泣きじゃくって、泣いたまま泣いた顔が、顔を支点にして裏返りそうになったのは、多分吹田さんの唄以外にないんじゃないかと思う。



Popland Off Gallery、というバンドがあった。
80年代から90年代終わりまで、東京で色と云えぬ色を放ったバンドだった。
元さかな、元コリアンブッデストゴットのPOP鈴木さんが加入するあたりに、私は上京し、世話になった。
吹田さんは、あらゆるスターがそうであるように、個人的な事象を個人的に唄い、それが普遍性を帯びていた。
(が、その普遍性を認めようとしない「個性」とやらが蔓延りはじめていた季節だった)
ベースの白取さんは鳶の親方で、女性問題で問題を抱え続けていた。
(2年ほど前に再会したとき、「普通に暮らしている」と私が云うや否や、白取さんは鳩尾に拳を打ち込んでくれた)
私はPopland Off Galleryのライブに欠かさず出かけ、泣いたり、怒ったりしていた。
おそらく、愛していたのである。



社会性を剥ぎ取られたところから創作は出発する。
それが普遍的な真実ではないと知ったときのショックは只ならぬものだった。
社会的に成功したい連中と、成功を無視することでかえって社会的になっている連中、ばかりだった。
ショックの前にニーチェやショーペンハウアーを読んでしまっていたことは、損をしたように思ったが、それでもブコウスキーがいた。
自分達の曲があって、自分の詩があって、沈潜する、爆発力を帯びた性欲があって、若く、寂しく、不機嫌だったが、例えば橋の上から、他人、の真の姿が見えていた。
Popland Off Galleryは、吹田さんは、その風景に、居た。



吹田さんは平沢進でありレックであり三上寛である。
私は――



今日は機嫌がいい。
30になって大江はねえよな、と「空の怪物アグイー」を閉じて、立ったまま眠り、眼を覚まして乗り換え、中央線に乗り換えるたびに吉祥寺の女を、まだ思い出すことに、醜く微笑んで、バタイユ「マダム・エドワルダ」を読みながら、ああこれは絶対に30過ぎでもオッケーだ、バタイユは絶対女にもてないよねー、とか言っていた村上龍はいつかこの手で殴り殺したいな、と改札を過ぎると、甲府だったから。


甲府に情婦がいればよかったのに。
甲府に情婦。
坊主が甲府に上手に情婦の絵を、
情婦の絵を。



「空の怪物アグイー」は、なくなっていた。



吹田さん、
来週末、弘前で会えたら嬉しい。



何を書きたかったのか、といえば、
女の子の尻の穴を舐めたくて、仕方がない、ということ。

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  1. 2007/11/16(金) 00:50:42|
  2. musica
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Rammstein

右の鼻孔から、卵黄の色合と粘度の洟が出る。
1週間ほど続いている。
何かが膿漏している。


歯の根が萎縮する感覚がある。
私は既に10数本の永久歯を喪っているが、下の前歯4本が断続的に、ぐらぐらと揺れ、根元からするっと抜けた季節と、痛みの鈍さが似ている。


当時のように夜毎失禁するような呑み方は無論していないのだが、ふと思い立って節酒を試みる。


禁酒・断酒とならないのは、そうすることで自律神経がまったく失調することが目に見えているからで、それでも尚踏み切るほどのことではないと思っているからだが、缶ビール500ml×1本に抑えることは容易くても、やはり、不眠は起こる。


先日、脛骨と大腿骨が乖離して骨の欠片が膝部のゼリー状の組織の中に散ってしまい、半年間ほぼベットの上にいた、という上司を見舞ったときに、もしそうなったらドストエフスキーをひと通り再読して、自費出版でノワールを書いていた知人からセリーヌの全集を借りてきてもらおうか、古井由吉を片っ端から再読もいい、それとも、とノンシャランに考えたりしたものだったが、眠れぬ夜が続くというのも、歩けぬ日々が続くのとさほど変わりはない。


とりあえず手元にあった棟方志功の自伝を読む。
何度か泣いてしまい、なかなか進まない。


そこで最近なぜか繰り返し聴いているのが、Rammstein。
動画をどうぞ。
Rammstein/Rammstein



数年前に流行ったものを今更気付いて一人できゃあきゃあいうのが、最近の私の傾向であるが、これもそう。
平均身長2m弱のジャーマン・インダストリアル・メタル、というイコンが、その辺にいるアンちゃんはステージに上がってはいけない、という怒りに似た感情が基底にある私にとって、まさに正鵠。
マンガみたいな面子が揃ってこそ、ロックバンド。


唄い終わるまで身体の炎を消さない、という正しさにうっとりする。
ワンコーラスで脱いでたら台無しなのよね。
こんなにマッチョなくせにマッチョさに胸焼けしないのは(本来私はマッチョほど苦手なものはないのだが)、この機微を熟知している繊細さからくるアレンジの妙だ。


 



明け方にまどろむと、きまって淫夢を見る。
今朝は半獣半人(牡鹿の上半身に人間の女性の下半身が付いていて、下半身の足首から下は兜蟹のようだった)の前脚に頬骨を砕かれながらも、深く愛し合った。

  1. 2007/07/12(木) 01:00:55|
  2. musica
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  4. | コメント:4

Amazing PAIN for you




以前、帰宅してテレビを点けると、鬼束ちひろがSmells Like Teen Spiritをチェロとピアノの伴奏だけで唄っていて、その圧倒的な気色悪さに、バーホーベンのスターシップ・トゥルーパーズと同質の崇高さを感じて、食卓から拍手を送ったことがある。


亜矢において問題なのは、あまりに美しい、ということである。


自傷的女性シンガーソングライター、というのは日本の伝統芸だが、グランジ、というジャンルがシアトルで規定された10年ほど前に、その普遍性に慄然とした記憶がある。
表現者と芸人をひと括りに「アーティスト」と呼び、それがイコール「商品」であることに、今更感情が昂ぶることもないが、私にとってグランジとは、芸人であることへの反発を無謀にも諦めないこと、なのである。


しかし女性がそれをやると、美しくなくなるのだ。
女性の唄は究極的に「媚び」でなければならない、とか思っているわけではなくて、逆に唄に「生身」を篭めることができるのは女性だけだと思っているのだが、どうしても、己の皮膚の内側を唄い、それによって皮膚の外側に傷を負うような女性歌手に、美しさ、を感じることがなかった。


情念、という抽象まで行っちゃってくれてれば惚れることができるし、己を戯画化することの芸術性に気付いて、確信犯的にそうしてくれれば、ファンになれる。
どちらかでなければ、迫力に押されつつも、首をかしげるしかできないのだ。
つまり、気色悪い、のである。
これは私見ではなく男性の自然な反応だと思うが、どうかしら。ご意見ください。


さて、亜矢はそのどちらでもないのに、美しすぎるのである。
「だってあたしの人生 語呂合わせなんだもん」とは椎名林檎の名文句だが、語呂合わせにならない人生への違和を、表出しきる方法を、ここまで見事に実践しているのは、私には奇跡としか思われない。


身につまされる歌詞ではない。
歌詞だけを読ませようとしていない潔さがあるのは、これほどシアトライズされた音を出していれば当然といえば当然なのだが、一つ一つの言葉に重きを置かない、という、重きを置きすぎた果てにしか至れない境地に、無自覚に至っているように思われる。
青森で活動している、コスモスという敬愛するバンドのボーカルの方が、つい先日三上寛に「テーマがあればテンションなんてどうでもいいんだよ」と云われた、と日記に書かれていたが、まさに、それだ。
彼女はテーマだけで、唄っている。
ここでいう「テーマ」とは、誰でも掲げられるものではない。
私が最近よく使う「ヴィジョン」というものが、誰にでも見える景色ではないのと同じだ。
テーマ/ヴィジョンに至っているか。
表現者に必要なのは、それだけだと私は思っている。


あー、やべー、超エモい。とだけ思っても結構。
ちょっと観てみてください。


禁じられた歌
選択の朝


スーツケースから身を起こすときの軸が、さ。
マイクに戻るときの膝の角度が、さ。


私を以前から知っている連中は、お前ああいう顔大好きじゃん昔から、とか云うんだろうけど。
その通りなんだけど。

  1. 2007/07/01(日) 01:38:17|
  2. musica
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  4. | コメント:1

nothing in particular

「How Soon is Now?」における「nothing in particular~」の発音を、モリッシーとエレーナ・セルゲーエヴナ・カーチナとで比べて過ごした。


性的なアイテムとしてカーテンが挙げられることは多いが(結婚するまでカーテンの付いた部屋に住んだことがなかった、ということが、私の性的欠落の、ひょっとしたら最大の要因なのかもしれない)、モリッシーの声は、男女の狎れた匂いが部屋の外にあふれ出そうとして、カーテンが苦しげに膨らんでいるさまを連想させる。
エレーナ・セルゲーエヴナ・カーチナ=レナの声は、カーテンの重さを跳ね返すことができない。
この曲をカヴァーするなら、ユーリヤ・オレーゴヴナ・ヴォルコヴァ=ジュリアが、モリッシーと同じメロディーを完璧に追ってみるべきだった。


それでも、Cメロの作り方と、そこに付与されたジュリアの吐息には、膝下を痺れさせるものがある。


そう、私は今更、t.A.T.u.を熟聴しているのである。




S/M/D/Sの話はまだ終わっていないのだが、繰り返すと「論証」という、私がその背骨を持っていないものに至りそうなので、よしておく。
10歳のときに父の部屋の押入で見つけた「SM秘小説」が私の底流であるので、おいおいまた触れざるをえないときがあるだろう。


さて、亜矢、という歌手について、詳しい御仁がいたら、教えてください。
You Tubeで偶然見つけて、アメリカナイズ、とタカを括って、時代が時代なんだからこういう子が出てきて当然じゃん、と客観していたのだが、まずい、これは本当に本物かもしれない。


西川か久征なら知ってるか、連絡乞う。
とりあえず「禁じられた歌」を衝動買いしてしまいました。

  1. 2007/06/29(金) 01:44:57|
  2. musica
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Motherfucker=Redeemer

近所にあるワンダーグーという複合メディア屋のCD/DVDレンタルコーナーがツタヤのフランチャイズとなり、立ち寄ってみるとポストロックコーナーが設けてある。


ツタヤにポストロックコーナーがあるのは驚くべきか否かは知らない。
郷愁にも似た思いでCANやモグワイを手に取り、手書きPOPに「ダボ鈴木」とあるのを無表情でやり過ごしたり、アルゼンチン音響派はさすがにないな、こういう午後にはフアナ・モリーナを聴きながら寝たいな、なるべく一人でじゃなく、などと思いつつ、現在も活動をしているアーティストの作品の中から、直感で一枚選ぶ。



Godspeed You! Black Emperor 『Yanqui U.X.O.』



バンド名は日本の暴走族のドキュメンタリー映画そのまま。
宇梶なんとけって俳優がいたところか。確か。
例えばスカルファックが流行っている旧社会主義国のネオアカドキュメンタリー映画、のようなものがあったとして、それを日本のバンドがそのまま自分達に冠するのを想像すると、それほど悪いセンスじゃないかもしれない、などと思った。
象徴とするには軽く、記号としてしまうにも少しずれている。そのずれが、悪くない。
抽象でも具体でもない。
その意味で「The Smiths」というバンド名はあまりにも見事だと思っている最近であるが。



ポストロック、とは誰が云い出したのか知らないが、既成の形式や分類から外れながら、そもそもそういうものを括った「ロック」という概念に無理やりねじ込むことができそうな、かつロックの大きな側面である商業性に乏しく(あるいは意図的に相反されていて)、いかにも深甚な意味がこめられていそうな、よって結果的に「芸術的な」音楽、を指しているように思える。
つまり、ポストロックが好き、などという可愛いくらいインテリなお兄ちゃんやお姉ちゃんは、手に負えない阿呆が大体だと、私は思う。
ロックの次に来る音楽、というのは私にとっても理想だが、パラダイムシフトはそう簡単に起こりえない。
ポストロック、と分類された音楽に私が期待するのは、純粋にオルタナティブであり、絶対的にパンクであり、圧倒的なインテリジェントを有し、同時に決してシンフォニックではなく、インプロビゼーションのようでいてその対極にあるもの、なのである。



このアルバムは、あっさりと、その全てを満たしている。
嬉しくて、哀しくて、苦しくて、冴えてきて、呑まれて、蘇る。
永遠に密集していく闇vs不屈のちっぽけな光、とは彼ら自身の言葉だそうだが、その言葉自体はとても陳腐だと思うが、まさにその通りなのである。
闇の枢、その鏡像としての光、のような気もするが。



今日は「日本ボディーペインティング美術館」というページを偶然発見した喜びを書こうとしていたのだが、やめた。

  1. 2007/06/25(月) 01:39:34|
  2. musica
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